艦船組から60年前の4月13日(金)の思い出を紹介。
4月6日未明大和を退艦した42名は大和麾下の葛城に居候中、4月12日付で景山崇人・木本吉蔵・佐藤昇二・目 清治・久芳文夫・池田泰輔・石塚 晃・永瀬四郎の8名は軽巡大淀乗組を命ぜられ、翌13日(金)の夕刻、葛城の内火艇で呉軍港内に停泊中の大淀に着任した。
大淀には、卒業と同時に着任した同僚26名が既に乗組み、夫々任務に着いていた。彼等は早速我々の歓迎会を計画してくれていた。副長に着任の報告を行い諸々の挨拶手続き等を進めているうちに一日の課業終了の巡検も終わり、イザ!歓迎会にと勇み込んでいる時、『候補生総員後甲板!』の号令がかかり、何事かと灯火管制で真っ暗い呉軍港の夜風の吹き抜ける後甲板に集合した。着任早々の事で何が何だか判らず、新着任の我々8名は最前列に一列に、其の後に先着の同僚達が整列した。
暗闇の中から黒い人影が7、8名、我々の前に現れたかと思ったら、低いドスの利いたケプガンの御達示が落下した。突然の事で、余りにもドスの利いた御達示で何の事か聴き取れぬうちに、
「只今カラ修正ヲ加エル。 一歩間隔ニ開ケ! カカレ!」
命令一下、ガンルームの先輩達の気合の入った鉄拳が、両頬に炸裂した。
乗艦するやいきなり鉄拳の手荒い歓迎。これが、軽巡大淀の候補生着任の際の慣例儀礼かと思い込み、特別不審も起こすことなく、爾後、唯々只管訓練に精進を重ね、5月下旬には大淀を退艦して大竹潜水学校へ転属、終戦を迎え、復員後其の時の真相を知るまで約40余年間も当時のことは真面目に其の通り(候補生着任の際の慣例儀礼)と記憶してきた。
平成6年11月、潜校で一緒の柿木克己君から寄せられた諸兄の手記により、『候補生総員後甲板!』鉄拳炸裂歓迎事件の真相が判明して、小生の思い込み違いだったことが判明し、改めて当時を偲び懐かしく気を好くした次第である。
小生の記憶違いの種明かしは、紙面の都合で次の機会にしたい。 乞ご期待!