№2はこの式典に参加された現代の若者はどんな考えでいるのか。
「墓標(いし)のこらずとも遺志残る」と題して県立鹿児島水産学校生徒代表岩崎眞志君の追悼文を披露します。(要約)
「先の大戦で私たちは何を学んだろう」今日の日本は事件や事故があってもそれに慣れてしまってもはや抵抗感がなくなっているのではないでしょうか。人がその事に慣れてしまうことが
一番怖いことではないかと思います。63年前4月6日あらゆる絶望と悲憤を乗り越え戦艦大和
を中心とした第二艦隊は水上特別機動隊として沖縄を目指しました。そこに護るべき未来があると信じ、愛する人を護るために戦い、散っていったのです。今も海底に眠る多数の隊員たちの
冥福を祈ると共に、私たちは長い歴史の中で決して失うことの無かった日本人としての誇りを
もう一度考える必要があるのかもしれません。今私たちが生きている現代の日本の姿は先輩が
命をかけて護った意味はあったのでしょうか。戦争や飢餓の苦しみも知らなければ、敗戦の惨めさも知らない現代人は個人主義、自由主義をはきちがえて業務を全うしていません。わが国を含め世界は文明の発展と共に変ってきました。しかし文明を発達させた人間は何も変っていません。戦争は悲惨だ、怖いと言いながら結局戦争を起こしているのは人間です。
今世界を変え発展させていくのは、人、人の心だと思います。あの大戦で何時亡くなったかもわからず、誰の記憶にも残らず亡くなった人がいました。墓標(いし)は無くても遺志は残りました。
平和への遺志が。世界平和という目標は一つですが平和への方法はたくさんあり、そのような方法を使って前進させなければなりません。
今こそ私たちは思い出さなければなりません。国と国との争いの中で故郷を愛すること、家族を愛することの大切さを忘れず、誰にも見とられずに亡くなっていった方たちの遺志を、魂の叫びを。