万次郎殿に別れをお告げ申し駕籠に乗らんとし、ハタと空腹に気がつく弥次郎兵衛。急ぎ宿に引き返し朝餉もそこそこにて愈々四万十に向い出立致し候。土佐清水にて豐予の海におさらば致し東に走ること半時、駕籠は白砂青松の海沿いの道に罷り出で、白波の音も岬と異なり穏やかにして大浪小波の塩梅宜しく、身は竜宮に赴く浦島の気分にて候。2度3度白浜を過ぎると駕籠は北東の丘に向い、小高い峠を過ぎ東に下り始めて間を置かず、前の方に白波一つ無き水の面が広がり候。これぞ四万十川河口と小躍り致しつつ右岸を直走り、初の橋たる四万十大橋を欣喜渡り東の袂北側に駕籠を留め候。
今宵は四万十川の概要からお話し申そう。
話を旅にお戻し致そう。駕籠より勇躍出で悠然たる川の流れをと、今流行りのデジなる写しカラクリを上流に構えると、視界に一人の遍路姿のご婦人が飛び込み参り候。デジを下して観れば、上品な中年婦人が杖に縋る格好にて足取り重く参られ、「足は定かでござるか」と思わず問えば、「有難きこと確かに御座います」と小声ながら凛とした答。一瞬駕籠で送るべきやと案ずれど、巡礼の趣旨に反するかと思い止まり候。橋の南袂にてデジを構えると、ご婦人が自身を入れなんとのデジの構えに悪戦苦闘の様子。思わず駆け寄りお手伝い致し、サラバお達者にとお別れ申した次第でござる。
駕籠は中村に向け川沿いを走りい出すも・・・待てよ 名前ぐらいお聞き申すべきではござらなかったか?いやいやそれは失礼と云うものと反芻致しながら、絵にも描け難き曲がり角に差し掛かり候。昔は産物を運びし船母(センボ)が清流を楽しむ・・・
悠然と流れる母なる四万十川、人々に多くの恵みを与えつつも、時に橋をも沈める大水にもなり申した。あのご婦人は何に立ち向かわんとするや? 己の道は? 今少し上流への望みを抑え、駕籠は東へと・・・