渡辺兄のレポートに若干蛇足を加えます。翌日の新聞のタイトルにもあるように、遺族の高齢化もあり、最後の追悼式(公式)で後ろ髪を引かれるような感慨の深い式典でした。兵学校出身者の参加は主催者側の72期池田先輩(矢矧測的長)の他は74期の11名(写真3葉)のみでしたが、出撃直前に無念の退艦をしたクラス(代表は永瀬・青木兄等)の参拝に英霊も喜ばれたのではと拝察しています。
この地 火之神公園 平和祈念展望台は私有地ですが、所有者は「何時何方が参拝されても良いように確り維持管理致します」と申して頂いてあるそうです。
式典後この地枕崎で鰹節工場を経営し昭和52年に亡くなった、今井純郎君の仏前にお参りし、御子息に鰹節の製造を解説頂きました。