「写真」
この写真は ホテルに有った「絵はがき」で、港の入り口(NW方向)からの眺め、一際高い 二本足のビルが、宿泊先の 高雄金典酒店(the Splendor Kaohsiung), ホテルは中心部のビルで、たしか、52Fから始まって居たと思います ・・・ 部屋は 59F だったと思います。
此処は「江田内」に似た形をして居て、 昔から、天然の良港として使われて居たけれども、湾口が狭く、大型船は入れなかったのですが ・・・ 日清戦争、馬関条約(1895)で統治権を得た日本は, 早速 「築港計画」を建て、1908年以来、第1期,2期、3期と統治中ずっと工事を続けたそうです
・・・ 其れでも、完成には至らず、戦後も工事を進め、遂には、世界でもTOPクラスの港となったのだそうです。
そもそもの 第1期の工事は、1908-1912 の5ヵ年間で、473万円を掛けて、湾口を広げたそうです。(下図は 其の工事の概要を示すもの)
((博物館の説明者も、 日本の業績を高く受け止めているようでした))
(蛇足) かって、中国本土のアメリカ居留民保護活動に当って居た「砲艦」上のエピソードを取り上げた 『砲艦サンパブロ』と云うアメリカ映画を見た事が有り、主演の スティーブ・マックィーン の好演にすっかり引き込まれ、”この撮影は中国の何処でやったんだろー” と 考えて見たりしましたっけ ・・・ ずっと 後になっって、 『高雄の港』で撮影したと聞き、「高雄」とは
そんな処か と思うようになり、この度訪ねましたが、 そのイメージに繋がるような景色には巡りあえませんでした。
10月18日 小宮山 玄二
「写真」